人の行く道。

心迷っても、
力尽きても、

絶望しても、

やっぱり人生は生きる価値がある。

4月10日の日記をこう書き終えた。


そのくせ、五木 寛之氏の著作、大河の一滴 の、

「自殺するしかない人は、そうすればよいのだ。死のうとしても死ねないときがあるように、生きようと努力してもそういかない場合があるからである。」

この言葉には全く同感する。



私は青春時代、これでも相当に”熱い思い”を抱いていたタチだと思う。そうして、身の程知らずの、途方も無い野心を抱きながら、

なおかつ、自分の思いを誰かにわかって欲しい、こう願ったものである。

そしてまた、「両親なら判ってくれるはずだ。」こうも思った。




私は熱い思いを抱く若者に今改めて質問したい。

あなたの熱い思いを、誰かに判ってもらいたいか?


* * *


私の父の答え。

「一喜一憂するな。」

「人生は我慢の連続である。」

彼の言葉は私の興奮をいっぺんに冷却した。当時私は、物事をポジティブに捉えることが良いことだと疑わなかったし、思いには100%の夢が存在した。判ってくれるだろう症候群だった考えは、この時見事に打ちのめされたのだ。



さて、
人に判ってもらえる事が人生には重要なのであろうか?それとも、
人は判ってくれない、こういう思いから歩みだすのが生き易いのか?

もしくは、
判ってくれる誰かを探すのか?


道は行く通りもある。


Blog版「ナホミオカダ造形表現研究所」Blog版「ナホミオカダ造形表現研究所」
モザイク教室ブログ
■写真ブログ Nahomin'sPhoto

大河の一滴 大河の一滴
五木 寛之 (1999/03)
幻冬舎
この商品の詳細を見る


copyrigts(c)2001-07 Nahomi Okada Studio d'Arte. All rights reserved blogに掲載されている内容はすべてナホミオカダストゥーディオダルテに帰属します。許可無き複写、複製、転載あるいはファイルにおとすことを禁じます。


コメント

今の私などはそれ以前に、自分さえ自分が判ってあげられないので、先ずは「自分に判ってもらえる自分」になることです。
道が幾通りもあり過ぎて、選択権が自分にあることにすら不自由さを感じてしまう、ダメなヤツ。
でも、人生は生きる価値がある!

そうさ。

でも、人生は生きる価値がある!

そうさ。

そんな積み重ね。

ダメじゃないのさ。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ナホミン

Author:ナホミン
ナホミン41
「美は人間の生活を豊かにする」

楽に生きること、「自分らしく生きる」こと。


LINK
○HP www.mosaico.jp
○blog www.mosaico.jp
○27才のあなたに

最近の記事
カレンダー
07 | 2008/08 | 09
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のコメント
過去ログ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: